スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

死に花は咲かせるべきか5

年齢が増して来ると死ってことを考える

私は「死」という行為自体にまだまだ恐怖があります

死に花は咲かせるべきか

私の答えは「いいえ」

私にとって死に花を咲かせるとは

世間や近くの人間に何かを伝える事や自分を表現することの

代償に死を受け入れる事

死ぬ前にひと花咲かせるとは受け止め方が違う

その行為自体≒死となる

死んで本当に解決できることなど何もないのだから

死んでまで伝えたかったことも相手にはその全てなど理解できないのだから

死ぬことよりも怖いことなど他には何もないのだから

死んだとしても堂々巡りは終わらないのだから

伝えたいことがあるのなら伝える相手を真剣に考える事

親だから先生だから警察だから先輩だから上司だから友人だからって

その全てが尊ぶべき相談すべき人間とは限らない

でも、絶対数は少ないとしても話をしたら楽になる人や

的確にアドバイスをくれる人、協力してくれる人もいるのだと思う

人間は弱いし脆い

皆が寄り添い力を合わせて生きるべきだ

自分に足りない事があるならそれを補ってくれる人と協力し合うこと

死して伝えるくらいならもっと他の方法があるだろう

これからの人間が死んでいくことは本当にもったいない

少々荒い文章申し訳ない


スポンサーサイト

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

No title

お疲れ様です!

死については、やはり考えさせられます。
自分も死ぬのは怖いけど・・・
真っ先に考えてしまうのが、後に残る家族の事。

自分が何かやり残したか?
という問いに対しては、それほど悔いが
残っているという感覚はありません。
んー。コレじゃ、この先の人生が色あせちゃうな。。


死に花を咲かせる。
人は、いつか必ず死ぬのなら、咲かせないよりは
咲かせた方がいいかな・・・?と純粋に思います。

ひと花咲かせる事で、死期が近付くと言うのなら
ひと花咲かせる時期を、少し遅らせる!・・・かな。
ひと花咲かせても、まだ死なないなら、もうひと花・・・。
そう、貪欲に生きたいものです。


この世に、まったく同じ経緯で生きてきた人間など一人もいない。
という事は、何一つ学ぶことなど無い人間など
一人もいない、と思いたいです。

そう思って人と接する事で、何かしら自分を高められる気がしています。
生きている時間に無駄なんて無い。
無駄だと思う自分が居るから無駄なんだと。

こういう事を考えているときは、こんなこと思えるんですが
普通の私生活では、どうにもアホな事ばっかりやっています。

こういう事を考える時間。
その時間をどれだけ長くとってきたか。
これからもどれだけの時間を割けるか。
人間として生まれてきたなら、出来るだけ脳を使って
自分が高みだと信じる場所へ近づくように、生きていきたいです。

なんか、コメントの癖に脱線して申し訳ありませんでした。。

No title

>>おつ様

いつもありがとうございます

私は高みを目指し前を向いて生きてほしい人がたくさんいます

本当に自らの命を自らの手で絶えていった人々の事を考えると

胸が苦しくなります

死がゴールとして考えてほしくないのです

残っている人間達にプラスになることはないのです

私は強く生きていきたいです

私に関わった人間達の半分が関わって意味があったと

言ってくれてば意味のある人生だったと

都合良く納得できるかなと

生きていて意味があったのかなと

人に感謝されて死ぬ方が幸せかもしれませんね

今すぐ死ぬってことはなかなかイメージできませんが

明日はもうないと思えば吹っ切れるか心配も有ります

自分から書いておいて日々悩んでいるし

考えがまとまらないのが正直なところです

おつ様のブログでは軽率なコメントをしているかもしれませんがご了承ください

No title

いつも深く、しっかりと考えていては
脳味噌も疲れてしまいます!

自分のブログでは、何も考えることなく
適当に感じた事だけコメを頂ければ幸いですw

No title

お心遣いありがとうございます

いつも楽しく拝見しています

これからもボーっとしながら書かせてもらいます

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。